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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)58号 判決

原告 エルマー・イー・ウエルテイ

被告 東京都千代田区長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  原告

「被告が昭和三九年一二月一四日付昭和三九年度特別区民税普通徴収分納税通知書(整理番号二六―九七三)をもつてした、原告に対する同年度特別区民税金二、二五四、〇九〇円の課税処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二  被告

主文同旨の判決を求める。

第二原告の請求の原因

(請求の原因)

一  原告は、昭和三九年度特別区民税賦課期日である昭和三九年一月一日現在、東京都千代田区内に住所を有せず、また、外国人登録もしていない。すなわち、原告は一九六一年(昭和三六年)一二月一六日香港の日本領事から日本への数次往復用ビザの発行を受け、これによつて日本を訪問しているにすぎない。また、原告は、一九六三年一月九日付で、一九六二年一二月から効力を有する香港における居住の許可を受けており、現在も右許可証は有効である。かようなわけで、原告の登録住所は前記ビザの発行日である昭和三六年一二月一六日以後香港にあり、右特別区民税賦課期日現在において、原告は、住所を香港・タイハングロード一五〇―BI・ガーデンマンシヨン一に、また事務所を香港キングロード九九番にそれぞれ有し、右の住所を原告の生活の本拠として弁護士業を営んでいたものである。もつとも、原告は、日本に滞在中ホテルを借りて住む代わりに、経済的な理由から東京都千代田区九段二丁目六番の三にある訴外レンヴイア・コーポレーシヨン所有の建物を賃借し、日本へ入国するごとに一時そこに宿泊してはいるが、右の住居を生活の中心として住む意思を有するものではない。したがつて、原告は、東京都千代田区九段二丁目六番の三を生活の本拠とするものではない。

二  しかるに、被告は、地方税法二九四条一項一号にいう住所とは「各人の生活の本拠を指称するものである。」として、原告が「千代田区内に住所を有する個人」に該当すると判断し、原告に対し、昭和三九年一二月一四日付同年度特別区民税普通徴収分納税通知書をもつて同年度特別区民税金二、二五四、〇九〇円の課税処分(以下「本件処分」という。)をした。そこで、原告は、昭和四〇年二月被告に対し本件処分に異議の申立てをしたが、被告は、昭和四〇年三月二三日付決定をもつて右原告の異議の申立てを棄却した。

三  しかしながら、本件処分は、上記の理由により違法であるから、その取消しを求める。

(被告の主張に対する認否)

一  本件処分に至る経緯等についての被告主張事実は、全部認める。

二  本件処分の適法性についての被告主張事実のうち、1項の事実を認め、2項の主張を争う。

第三被告の答弁

(認否)

一  請求の原因第一項の事実のうち、原告が昭和三九年一月一日現在東京都千代田区に住所を有していなかつたことは否認する、同日現在、原告が外国人登録をしていないことは認め、その余の事実は不知。

二  同第二項の事実は認める。

地方税法二九四条一項一号にいう「住所」とは各人の生活の本拠ないしは生活の場所的中心をいうものと解すべきところ、原告は、同日現在東京都千代田区内に滞在していなかつたにすぎないのであつて、たまたま賦課期日である同日原告が日本国内にいなかつたとしても、原告の家族関係、職業関係、社会的関係等すべての面を綜合的、客観的に観察判断すれば、同日現在、原告の住所すなわち生活の本拠ないしは場所的中心は後述のとおり東京都千代田区にあつたというべきであつて、この場合各人の意思は、右判断に際しての参考資料となるにすぎない。

三  同第三項の主張を争う。

(主張)

一  本件処分に至る経緯について

1 原告は、昭和二一年三月二〇日日本国に入国し、東京都港区内などに居住していたが、昭和二九年一月ごろ同都千代田区内に移転し、同年同月二七日被告に対して外国人登録申請をしたので、被告は外国人登録原票に登録した。原告は、当時東京都千代田区九段二丁目六番の三に宅地三七一坪(一、二二六・四四平方メートル)を妻と共同で所有し、所得税を麹町税務署に申告納税していた。被告は、昭和三〇年度から原告の特別区民税にかかる申告(昭和三四年度は不申告)、右所得税の申告および関係会社からの給与支払報告により、原告に対し特別区民税を賦課した。これに対し原告も異議なく納税し、このような状態は昭和三六年度まで継続した。

2 ところで、被告は、昭和三六年一二月一〇日、原告が羽田経由で日本から出国した旨羽田入国管理事務所長から通知をうけたので、同年一二月二三日原告の外国人登録原票を閉鎖した。

3 しかし、昭和三七年度においても、地方税法三二一条の四の特別徴収義務者である訴外三菱モンサント株式会社は、被告に対し例年のとおり特別区民税の給与所得にかかる所得割および均等割を特別徴収の方法により納付し、また、原告も例年のとおり麹町税務署に所得税の申告を行なつており、その総所得額は一九、七二五、二七一円となるものであつた。これらの事実によれば、原告の生活状態は従前と変りがないことがうかがわれたので、被告は、昭和三七年一一月一五日付で昭和三七年度の特別区民税二、六四七、二四〇円の納税通知書を前記東京都千代田区九段二丁目六番の三あて送付した。ところが、原告はは、右の課税処分につき昭和三八年一月七日右納税通知書を被告に返送するとともに、英文の異議申立書を被告あてに送付してきた。その異議の理由は、原告は昭和三六年一二月一〇日以降は千代田区の住民ではないから納税義務はないというのであつた。

4 昭和三八年度の特別区民税については、前記三菱モンサント株式会社から特別徴収により納入があつたほか、訴外日本ナシヨナル金銭登録機および訴外三菱テー・アール・ダブリユウの各株式会社から被告に対し地方税法三一七条の六により原告に関する給与支払報告書の提出があり、また、原告は麹町税務署に所得税の申告を行なつており、その総所得額は一〇、三九三、一四四円であつた。そこで被告は、原告に対し、昭和三八年六月四日付で前記東京都千代田区九段二丁目六番の三あて一、二五三、四二〇円の納税通知をした。ところが、原告は、右昭和三八年度特別区民税の納税通知について昭和三八年六月一七日付で納税通知書を香港より返送するとともに、再び英文の異議申立書を提出し、その異議の理由は、原告は昭和三六年一二月一〇日以降東京都千代田区の住民ではなく、東京と香港に二つの支社を経営し、数次往復用旅券で日本を訪問しているにすぎないというのであつた。

5 昭和三九年度の特別区民税については、前記三菱モンサント株式会社からは特別徴収分として年額一、四二〇円の納入があつたほか、前記ナシヨナル金銭登録機、三菱テー・アール・ダブリユウ、神鋼フアドラーの各株式会社から被告あて給与支払報告書の提出があつたので、その合算された給与所得額一、七一四、一〇〇円に対し、被告は、昭和三九年六月六日付で一二〇、〇九〇円の給与所得割による特別区民税納税通知書を前記東京都千代田区九段二丁目六番の三あて送付したところ、原告は、右納税通知書を同年六月一九日付の英文異議申立書と同封で被告あて郵送してきたが、右の異議申立書は東京中央郵便局区内において発信されたものであり、異議の理由は、原告は賦課期日現在東京都千代田区内に居住していないし、外国人登録もしていない、というのであつた。

被告は、調査検討のうえ、原告の住所は東京都千代田区内にあるものと認め、昭和三九年一〇月三一日付で原告に対し特別区民税の納税義務がある旨の通知をするとともに再度、原告が返送してきた前記一二〇、〇九〇円の納税通知書を東京都千代田区大手町二丁目四番地新大手町ビル内九三〇号の原告の事務所あてに送付した。

これに対し、原告は、同年一一月二七日付で英文の異議申立書を中央郵便局区内より郵送してきた。

そこで、被告は、さらに原告の麹町税務署における所得税申告を閲覧したところ、事業所得に対する特別区民税の課税標準が一六、二九〇、一四六円であることがわかつたので、同年一二月一四日付で二、二五四、〇九〇円の納税通知書を前記原告の事務所あてに送付した(本件処分)。

本件処分について、原告の代理人ジエームス・エー・ホフマンは、昭和三九年一二月二二日付で異議を申し立てるとともに、本件処分にかかる納税通知書を中央郵便局区内から郵送してきた。

被告は、昭和四〇年一月一四日付で行政不服審査法一三条および一五条に基づきホフマンに補正を命じたところ、原告は、昭和四〇年二月四日付で本件処分について、日本文による異議申立書を原告の使用人に持参させて被告に提出し、原告の住所および事務所は香港にある旨申し立てた。

6 被告は、原告の前記昭和三九年六月一九日付異議申立ておよび同年一一月二七日付異議申立を同年一二月二三日付および同年同月二四日付でそれぞれ棄却または却下し、前記同年一二月二日付ホフマン名義および昭和四〇年二月四日付原告名義の各異議申立てを昭和四〇年三月二三日付で却下または棄却した。

なお、被告の徴税吏員二名が、昭和四〇年四月一五日、東京都千代田区九段二丁目六番の三へ差押の調査に行つたところ、原告の妻ライラ・アール・ウエルテイが植木職人三人位を使つて庭の手入れをしており、自家用車の運転手もいた。そして右ライラは「夫は月曜日には必ず新大手町ビル内の事務所にいる。」旨を述べたので、右徴税吏員は、次の月曜日である同年同月一九日に右事務所に原告を訪問した。しかし、原告は、「今日は都合が悪いから明日改めて電話で連絡する」旨を述べた。翌二〇日原告から「二一日に来てくれ」と連絡があつたので、当日被告の徴税吏員が右事務所に行くと、原告は、小切手で前記昭和三九年六月六日付納税通知に係る税額一二〇、〇九〇円および本件処分に係る税額二、二五四、〇九〇円ならびに延滞金を被告徴税吏員に支払つた。そして、被告の差押をさけるためとりあえず納税するが、被告の決定に対しては訴訟を提起する予定である旨を記載した同日付の英文通知書を被告の徴税吏員に手交した。

二  本件処分の適法性について

1 原告は、昭和三六年一二月一〇日に日本国を出国した後も、毎年五回ないし八回ぐらい日本国に出入国して一年の大半を東京都千代田区九段二丁目六番の三において生活しており、日本滞在日数は昭和三七年中は延二〇四日、昭和三八年中は延二六一日、昭和三九年中は延二八一日であり、その詳細は別紙のとおりである。

また、原告は、昭和二六年一〇月に原告の妻と共同で、東京都千代田区九段二丁目六番の三、宅地三七一坪一九(一、二二六・四四平方メートル)を取得し、右土地の上にある六七坪五合(二二三・一四平方メートル)の建物に居住し始めた。その後、昭和三〇年に右土地は訴外レンヴイア・コーポレーシヨンに所有権が移転し、右土地上の建物も翌昭和三一年中に右コーポレーシヨンに保存登記がされているが、原告は引続いて、右場所に居住しており、原告およびその妻(原告には妻以外に扶養家族はいない。)が出国中は、日本人の女中を常時居住させており、原告名義で自家用車も所有している。

さらに、原告は、昭和三三年一二月ごろ、訴外三菱地所株式会社から東京都千代田区丸の内三丁目八番地三菱仲二一号館内の事務室を借り受けて弁護士業務を営んでいた。その後、右建物の建替えのため、右建物から事務所を移転し、右会社から東京都千代田区大手町二丁目四番地所在新大手町ビル九階九二九区および九三〇区合計七三坪七合(二四三・六三平方メートル)を月額四〇万円余で昭和四九年まで賃借している。右事務室に備付の電話は原告の名義であるし、原告は右事務室に日本人事務員を常時雇傭している。

さらにまた、原告は、麹町税務署に対し、昭和三七年以降も所得税の申告をして納付している。

原告はまた、第一東京弁護士会の準会員であり、同時に日本弁護士連合会準会員でもあるが、準会員名簿には原告の事務所は東京都千代田区大手町ビル九三〇号室、住所は千代田区九段二の六番地の三となつており、それらの変更の届出はなされていない。

2 以上の事実からみて、原告が千代田区九段二丁目六番の三を生活の本拠とし、各種の生活関係がその場所を中心として営まれていることは明らかである。そして原告の昭和三九年一月一日現在における住所も右の場所にあつたものというべきである。それゆえ本件処分にはなんら違法はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  被告が原告に対し昭和三九年度特別区民税金二、二五四、〇九〇円の課税処分(本件処分)をしたこと、原告が昭和四〇年二月四日付をもつて右処分について異議の申立てをしたこと、被告が昭和四〇年三月二三日付決定書をもつて原告の右異議の申立てを棄却したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、本件の争点は、昭和三九年度特別区民税の賦課期日である同年一月一日現在において原告が東京都千代田区内に地方税法二九四条一項一号にいう住所を有していたかどうかにあるので、この点を検討する。

1  一般に、法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合には、その住所とは各人の生活の本拠をさすものと解するを相当とし(最高裁昭和二九・一〇・二〇民集八巻一〇号一九〇七頁)、そして何を右の生活の本拠とみるかは、現在のように各人の生活が多方面にわたつている状況のもとにおいては、当該法令が住所を法律効果に結びつけている趣旨に照らし、当該法律関係に即して決すべきである。しかるところ、地方税法は、その二九四条一項、一条二項、七三六条により、東京都の特別区につき、当該特別区の区域内に住所を有する個人に対して均等割額および所得割額の合算額によつて特別区民税を課することにしているが、同法がこのように個人に対する住民税について住所を課税要件と定めた趣旨は、所得割額による住民税を課税すべき特別地方公共団体を定めるとともに、当該特別地方公共団体の区域内に居住する住民にその担税力に応じてその地方公共団体の経費を分任せしめる趣旨と解すべきであるから、右の趣旨からみて、同法二九四条(住民税の納税義務者)にいう住所は、その人の一般的生活にもつとも関係の深い場所(全生活の中心)であると解するを相当とする。

2  本件についてこれをみるに、原告が、昭和二一年に日本にきて東京都内に居住していたが、昭和二六年一〇月、原告の妻と共同で千代田区九段二丁目六番の三に土地を取得し、右土地上に存する建物に妻とともに居住するようになり、昭和三〇年頃に右土地および建物の名義が第三者に移転したがその後も引続いて右場所に居住していたこと、昭和三三年一二月ごろ、同区丸の内三丁目八番地所在のビルの一室を借り受け、常時日本人事務員を雇用して弁護士業務を営んでいたが、その後同区大手町二丁目四番地所在の新大手町ビルの一部を昭和四九年まで賃借して弁護士事務所をここに移転したこと、原告は第一東京弁護士会および日本弁護士連合会の準会員であつて、これらの会の名簿には右新大手町ビルに事務所を、前記千代田区九段に住所を有するものとして登録されていること、しかるところ、昭和三六年一二月一〇日に至り、原告は日本を出国したが、その後も毎年五回ないし八回にわたり日本に入国して一年の大半を前記千代田区九段の住宅において過ごし、日本における滞在日数は昭和三七年に二〇四日、翌三八年に二六一日、同三九年に二八一日に及んでおりその詳細が別紙のとおりであること、原告は妻以外扶養家族がなく、出国して不在中は日本人の女中を常時右住宅に居住させていること、また原告は右出国後においても麹町税務署に所得税の申告をしていることは、いずれも当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告が日本に滞在して前記千代田区九段の居宅に居住するときは必ず妻を伴つていることが認められ他にこれに反する証拠はないから、これらの事実を綜合すると、原告の地方税法二九四条にいう住所は、本件処分に係る住民税の賦課期日である昭和三九年一月一日当時、前記東京都千代田区九段二丁目六番の三にあつたものと認めるのが相当である。

もつとも、原告が昭和三六年一二月一〇日に日本を出国して外国人登録を抹消されたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認める甲第五号証の一および二、同第六号証の三および四によれば、原告が本件処分に係る住民税の前示賦課期日当時、香港において外国人登録を受け、また同地にアパートおよび事務所を有して弁護士業務を営んでいること、原告が右のアパートを住所とする意思があること、香港の日本領事発行の数次往復用ビザで日本に入国していることがそれぞれ認められ、他にこれに反する証拠はないが、右の事実をもつては前記認定を左右するに足りるものとは認められない。けだし、人の生活の本拠がどこにあるかを決めるには、その人の生活関係をめぐる客観的事実によつて判断すべきであり、ある場所を住所とする意思は、右の客観的事実を判断するに当たつて考慮さるべき一つの資料にすぎないものと解するを相当とするからである。

三  よつて、本件処分は正当であつて原告の主張するような違法はなく、この取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 高林克已 仙田富士夫)

(別紙省略)

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